日本ゼオライト学会 刊行物 Publication of Japan Zeolite Association

ISSN: 0918–7774
一般社団法人日本ゼオライト学会 Japan Zeolite Association
〒162-0801 東京都新宿区山吹町358-5 アカデミーセンター Japan Zeolite Association Academy Center, 358-5 Yamabuki-cho, Shinju-ku, Tokyo 162-0801, Japan
Zeolite 38(4): 95-102 (2021)
doi:10.20731/zeoraito.38.4.95

解説解説

電子顕微鏡による細孔内カチオンの原子スケール構造解析Direct Imaging of Countercations Embedded in Zeolitic Nanocavities with High-resolution Electron Transmission Microscopes

一般財団法人ファインセラミックスセンター ナノ構造研究所Japan Fine Ceramics Center ◇ 〒456–8587 名古屋市熱田区六野二丁目4番1号

受理日:2021年7月20日Accepted: July 20, 2021
発行日:2021年10月15日Published: October 15, 2021
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電子光学でのブレイクスルーとなった球面収差補正技術の確立により電子顕微鏡の空間分解能は飛躍的に向上しており,ゼオライトの構造観察においても大きな進展があった。収差補正技術によりもたらされるゼオライト構造解析における最大のメリットは細孔内物質の直接観察が可能になった点にある。様々なゼオライトの応用において細孔内のカウンターカチオン位置に関する情報は非常に重要であり,それらの解析手法の確立が求められている。空間分解能,電子線照射損傷の課題から直接観察が不可能であったカウンターカチオンの直接観察が,近年における装置性能の向上により可能となっている。本稿では複数の観察モードの特徴を示し,それらによる観察事例を紹介する。

Structural information of countercations embedded in zeolitic nanocavities is very important for various applications. Structural analysis by using diffraction method is not always applicable to identification of nonperiodic cationic sites. Therefore, atomic-scale imaging method must be advantageous for structural analysis of countercations. Spatial resolution of transmission electron microscopes has been improved drastically with an aberration-correction (AC) technique. State-of-the-art electron microscopes enable us to observe countercations directly. Imaging modes in transmission electron microscopes (TEMs) and scanning transmission electron microscopes (STEMs) should be selected adequately according to the type of countercations.

キーワード:ゼオライト;カウンターカチオン;収差補正透過電子顕微鏡;収差補正走査透過電子顕微鏡

Key words: zeolites; countercations; AC-TEM; AC-STEM

1. はじめに

多孔質セラミックスであるゼオライトの様々な応用において利用されるその特性は,構造が直接的に関与している場合が多いと考えられる。特に細孔内に含まれるカウンターカチオンが機能性部位になる際には,細孔内のどのサイトにカウンターカチオンが位置するかといったことが大きく関与することとなる。例えばカウンターカチオンを触媒活性サイトとして機能させる場合1–4),吸着分子とカウンターカチオンは十分に相互作用可能な位置関係におかれる必要があり,吸着分子がアクセスできないサイトに位置したカチオンは機能しないこととなる。改めて述べるまでもなくゼオライトの構造解析ではX線などによる回折法が重要な手法5–7)として用いられているが,カウンターカチオンは必ずしも周期的に位置していないため構造情報を得ることが困難な場合も多い。これに対して局所構造を原子スケール直接観察が可能となる透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope: TEM)観察は今日の材料科学において非常に強力な手法ではあるが,ゼオライトでは電子線照射損傷における制限から,解析レベルがある程度制限されていた8–10)。しかし一方で近年の電子顕微鏡装置の性能向上は著しく,ゼオライト構造観察技術も大きく進展してきている。特に収差補正(Aberration Correction: AC)技術の確立11–13)は電子光学における大きなブレイクスルーとなり,図1に示すように空間分解能は大きく向上した14,15)

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図1. 顕微鏡装置における空間分解能の歴史的推移

こうした空間分解能向上によりもたらされるゼオライト観察でのもっとも大きなメリットはカウンターカチオンの直接観察が可能になったという点にある。AC技術以前においても高分解能透過型電子顕微鏡(High Resolution (HR) TEM)法の空間分解能は1.5Å近くに及んでいたので,観察試料中の原子間距離からみた場合には十分な観察性能を有していたともみられるが,細孔内に生じるアーティファクト(偽像)が問題となりカチオン観察の実証はできていなかった。このアーティファクトを説明するため,図2にはカウンターカチオンを含まないMFI型骨格(silicalite-1)のHRTEM像シミュレーションを示した。

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図2. 試料厚さデフォーカスに依存したMFI骨格のHRTEM像シミュレーション(VAccel=200 kV, C3=+0.5 mm)

ここでは収差補正がない場合のHRTEM観察として加速電圧を200 kV,球面収差係数(C3)を+0.5 mmの光学条件に固定し,試料厚みおよびデフォーカス値を変化させた像シミュレーションを行っている。このC3条件に対して最適となるデフォーカス(Scherzerフォーカス)値は−40 nm(負の値はアンダーフォーカスを示している)であり,Scherzer限界とよばれる空間分解能は1.7 Åとなる。最適デフォーカス近辺のシミュレーション像の暗いコントラスト部分はMFI骨格構造に相当しており,それぞれの細孔チャンネルは明るいコントラストとしてそれぞれが分離した形で結像されている。しかし空孔である細孔内を詳細に確認するとそのコントラストは一様でなく,観察条件に応じて複雑にそのパターンが変化している。特に10員環内に注目した場合,最適デフォーカスより少しアンダーが強い観察条件では暗いドット状のコントラストが生じており,原子カラムによるコントラストとの判別が困難となる。こうしたアーティファクトはフォーカスを連続的に変化させた一連の像(スルーフォーカス像)を取得することにより,ある程度の定量的解析は可能であるが,電子線への耐性が低いゼオライトの場合,同一視野で複数の観察像を得ることが困難であり,そうした解析の適用は不可能であった。つまり従来のHRTEM観察では細孔内のカチオンが結像できないというより,空孔のコントラストと区別ができないためカチオンサイトを判別できなかったということになる。

2. 収差補正技術によるカウンターカチオン観察

アーティファクトの問題により困難であったカウンターカチオン観察であるが,収差補正技術の適用による様々な結像法により現在ではその直接観察が可能となっている。カウンターカチオンを直接観察する手法としては大別すると収差補正(AC-)HRTEM法と収差補正走査透過電子顕微鏡(AC-Scanning Transmission Electron Microscope (STEM))法とがある。図3には2つの結像法を模式的に示した。

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図3. AC-HRTEM法およびAC-STEM法における結像法の比較

AC-HRTEM法では試料の広い範囲に平行ビームが照射され,透過した電子線を拡大して干渉パターンとして像を得るのに対して,AC-STEM法では原子スケールまで細く集束したビームを試料上で走査して各点からの透過シグナルによって像(ラスター像)を形成している。結像法として得られる情報にそれぞれ特徴があるが,ゼオライト観察などの低耐性試料においては試料への電子線照射条件が大きく異なり損傷過程も異なってくる点には注意が必要となる。

2.1 収差補正透過型電子顕微鏡(AC-HRTEM)法

AC-HRTEM法での結像の詳細は別稿において報告・解説16,17)しているのでそちらもご参照いただきたいが,ここではAC-HRTEM法ではレンズの収差はゼロではなくわずかな収差を利用して像コントラストを形成していることに留意していただきたい。そうしたコントラスト形成に利用される収差の符号を反転させた場合,コントラストは反転しネガ-ポジの関係にある像として観察することが可能である。正のC3とアンダーフォーカスを組み合わせた条件(Positive CS (Spherical aberration coefficient) condition:PCS条件)では原子カラム位置が暗コントラストとなるポジ像,負のC3とオーバーフォーカスとの条件(Negative CS condition: NCS条件)では原子カラム位置が明コントラストとなるネガ像を形成する18–20)。一方AC-HRTEM法における高分解能条件ではネガ,ポジいずれの条件においても像コントラスト(位相コントラスト)が従来のHRTEM観察条件より大きく低下するといったデメリットがあるため,低電子線照射下で像を得るためには,より高感度なカメラの適用が必要となる。

2.2 収差補正走査型電子顕微鏡(AC-STEM)法

AC-STEM法では原子スケールに集束された電子線をプローブとして用いるが,得られる像の空間分解能はこのプローブ径と直結している。こうした微細なプローブ形成において収差補正技術の進展は有効に機能しており,近年ではHRTEM法に比べてSTEM法に関する結像法の進展が著しいものとなっている。一見AC-HRTEM法とAC-STEM法では全く異なる結像手法であるようにみえるが,STEM法において完全な明視野像を形成した場合にはHRTEM法と等価な干渉像を与えることとなり,像コントラストはHRTEM像と同様に複雑に変化する。これに対して,ほぼ非干渉性の像を形成する環状明視野(Annular bright field: ABF)法21,22)や高角度散乱暗視野(High-angle annular dark field: HAADF)法23,24)による観察の場合では比較的容易にその像解釈を行うことが可能となる。ABF法とHAADF法はそれぞれが軽元素観察および重元素観察に有利な観察法であるとされているほか,構造的に検出器を共存させることが可能で,これら像を同時取得することが可能であるといった利点がある。ただしAC-STEM法では非常に集束された強烈な電子ビームが試料に照射されるため,低耐性の試料ではAC-HRTEM法と比べて観察が非常に困難となる場合もある。

3. 低照射観察と画像処理

既に述べたように電子線への耐性が低いゼオライト観察では,試料構造が維持される電子線照射量は大きく制限されており,損傷を抑えるために像のS/N比を大きく犠牲にして適正露光以下において撮影されることも多い。低電子線照射での像におけるノイズはショットノイズが主であり,図4には像コントラストとノイズの関係を模式的に示した。

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図4. 画像S/N比とノイズ重畳した像コントラストとの関係模式図

ここで像コントラストCとは像強度の差ΔIでなく,平均強度ĪでわったΔI/Īである。またショットノイズの大きさNは平均電子線量n¯の関数でS/N比はn¯に比例しており,例えば電子線量を倍にしても像のS/N比は1.4倍程度までしか向上しないということになる。AC-HRTEMの場合,未補正の条件に比べて結像のコントラストCが非常に小さくなるため,同程度の照射量においても出力される画像のS/N比が低下することとなる。そうしたS/N比の下限を判断する規準としてはRose criteria25)と呼ばれるものがあり,S/N比>5の場合において有効なシグナルであると判断される。それに対して低電子線照射損傷では規準を下回るシグナルとなる場合もあるが,そうした場合には低いS/N比を補うために画像処理が適用されることがある。古典的な画像処理としては結晶構造像の周期性を利用したランダムノイズ除去などがある。観察像のフーリエ変換パターン(逆空間)を利用したフィルタリング(Braggフィルター)や結晶ユニット像(実空間)の平行移動重ね合わせ積算がそれに対応しており,図5にはその概略を示した。

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図5. ランダムノイズ除去処理方法の模式図,(a)フーリエフィルタリング法,(b)ユニット画像積算法

ただし上記の画像処理ではどちらにおいても周期構造を前提としており,処理の適用レベルに応じた情報の平均化は避けられない。局所構造を取得する目的で高分解能観察を行っていることから,こうした画像処理の適用レベルには十分注意する必要がある。

4. 観察事例

4.1 Cs交換NaA型ゼオライト

ここではA型ゼオライト(LTA型骨格構造)内に保持された2種類のカチオンの観察事例を紹介する。まず初めにNaA型ゼオライト内にイオン交換法によりCsカチオンを保持したCsA型ゼオライト内のカチオン観察事例26)について説明する。図6には4種類の結像モードで観察したCsAゼオライトの[001]投影像を示す。

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図6. CsA型ゼオライトの[001]投影高分解能観察像と対応構造モデル,(a)PCS条件AC-HRTEM像,(b)NCS条件AC-HRTEM像,(c)ABF-STEM像,(d)HAADF-STEM像

電子線照射量はそれぞれの結像法に対して構造維持とS/N比のバランスを元に最適化しており,それぞれの生画像の下にその値を示した。AC-STEM法の照射線量はAC-HRTEM法に比べて1桁ほど高いが,これは損傷過程が照射条件で異なることと検出感度の違いに起因しているものと考えられる。A型ゼオライトは非常に電子線への耐性が低いため,図6におけるそれぞれの生画像はノイジーなものとなっているが,構造モデルとの対応で示すように8員環内のCs+は十分に結像されている。ここでPCS条件でのAC-HRTEM法およびABF-STEM法ではポジ像,NCS条件でのAC-HRTEM法およびHAADF-STEM法ではネガ像を形成している。特に原子番号のおよそ二乗に比例したコントラストを形成するHAADF-STEM像(図6d)では重元素であるCs+の位置がかなり強調され骨格構造のコントラストはノイズレベルで消失している。それに対して図6a,bのAC-HRTEM像では骨格構造とカウンターカチオンであるCs+が同時に結像されており,それらの位置関係が明瞭に解析可能である。今日の電子顕微鏡では各種分光法との組み合わせも進歩しており,元素識別した上での原子スケールも可能27,28)となっているが,ゼオライトの場合ではより多くの電子線照射を必要とするこうした分光法の適用は困難である。そのため図6に示すように複数の結像法を用いることで,元素に関する情報を最大限引き出す工夫が重要である。こうした複合的な観察からNaA型ゼオライトの複数のNa+サイトのうち8員環内のみがCs+に交換されている点は十分に確認することが可能となっている。

4.2 NaA型ゼオライト

次に原子番号の小さいカチオンの観察事例として図7にはNaA型ゼオライトの高分解能像を示す29)

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図7. NaA型ゼオライトの[001]投影高分解能観察像と対応構造モデル,(a)PCS条件AC-HRTEM像,(b)NCS条件AC-HRTEM像,(c)ABF-STEM像,(d)HAADF-STEM像

NaAゼオライトはCsAゼオライトと比べるとさらに電子線に対する耐性が低く,予想される像コントラストも低いことから,それぞれの生画像は非常にノイジーなものとなっており,特にAC-STEM像(図7c,d)では生画像での構造判別が困難なものとなっている。それに対してAC-HRTEM像(図7a,b)においては,観察生画像でノイジーであるもののある程度構造の判別は可能であり,積算処理画像において明瞭な骨格構造を確認することができる。NaA型ゼオライトの内の2種類のNa+サイトを詳細に確認するため,図8にはシミュレーション像と積算拡大像の比較を示した。

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図8. NaA型ゼオライトのシミュレーション像と実験像との比較,(a)シミュレーション像と8員環部分のコントラストプロファイル,(b)フィルタリング実験像と8員環部分のコントラストプロファイル

骨格の8員環構造の内径はNa+のイオン径に比べて大きいため,Na+は8員環の中心から少し骨格の酸素に近づいた位置で非局在化した状態で保持されていることがX線回折による解析30)から知られている。こうした非局在化した軽元素の場合,投影ポテンシャルは大きく低下するので直接観察はより困難なものとなる。しかし図8に示す画像処理を行ったAC-HRTEM像では,こうした非局在Na+をドーナツ状コントラストとして結像することに成功している。また局在して保持されている6員環内のNa+は,図8bに示す像においてはストリーク状の像となっているがこれは骨格からのアーティファクトも重畳しているためである。こうしたアーティファクトの影響は観察する方位を適切に選択することで抑えることも可能であり,図9にはNaA型ゼオライトの[111]投影AC-HRTEM像を示した。

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図9. NaA型ゼオライトの[111]投影AC-HRTEM像と対応構造モデル

[111]方向での投影は6員環面の法線方向と一致しており,この場合では6員環の中心に保持されたNa+が非常に明瞭なドット状コントラストとして観察されている。

このように細孔内径とカチオン径のマッチングはイオン交換サイトの選択性に大きく影響していると考えられるが,一方で電子線耐性に対しても影響しているとみられる。図10にはt-grcケージとCs+およびNa+の空間充填(CPK)モデルを示した。

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図10. CPKモデルでの8員環内カチオン径の比較

イオン径の大きなCs+はほぼ隙間なく8員環内に保持されるのに対して,Na+の場合は8員環の2つの酸素のみに配位する形でそれ以外の部分では大きな隙間を生じている。Cs+を保持した場合8員環を含む骨格の剛直さは向上するとみられ,それにより電子線照射への耐性も向上したものと考えられる。こうした細孔内径とカウンターカチオン径のマッチングは熱的安定性にも影響していることは既に報告もなされている31)

5. おわりに

ここでは収差補正技術を含むAC-HRTEM法やAC-STEM法の発展により,ゼオライト細孔内のカウンターカチオン直接観察が可能になったことを示した。それぞれの高分解能結像モードは電子線照射条件と得られる情報において特徴があり,目的や試料の電子線照射耐性度合いで選択することは重要となる。

また本稿ではふれなかったが,分割検出器や2次元アレイ型カメラを用いたAC-STEM法の新規結像方法が近年数多く報告されており,その中でも低損傷観察方法に大きな進展がみられている32,33)。こうした試みは入射電子線あたりに得られる情報(シグナル)を最大限に高めるといった観点によるものであり,得られる画像のS/N比は大幅に改善されている。こうした進展により将来的には単原子置換されたカチオンの直接観察も期待される。今日の電子顕微鏡分野においてはハードウェアの進歩とそれを元にした結像法のアイデア創出といった相乗効果により,大きく解析対象を広げつつあり,ゼオライト構造解析では今後においても重要な役割を果たすものと期待される。

謝辞Acknowledgments

本研究の一部は,JSPS新学術領域研究JP20H05196およびJST,CREST,JPMJCR1324の支援を受けて行ったものです。

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